最高裁判所第二小法廷 昭和26年(れ)130号 判決 1951年6月08日
主文
本件各上告を棄却する。
理由
弁護人高橋銀治の上告趣意第一点について。
原審における最終陳述として被告人中林は「強盗の点は酒に酔っていて何にも判らなかったのであり荷物は全然運びませんでした」と供述し又被告人手代木は「私は脅迫されてやったのであり全く犯意はなかったのであります」と供述していることは所論のとおりである、しかし原審公判廷には被告人の弁護人が終始立会っているのであるから若し弁護人において被告人等の供述中に犯罪の成立を阻却すべき原由たる事実上の主張があると認めれば当然弁護人からかかる主張がなさるべきである、然るに弁護人の弁論中かかる主張をした事跡はなく情状論のみで終っているのである、しかも被告人中林の原審における供述を検討して見ても同被告人が本件強盗をする当時かなり酩酊していたことは認められるがその為に法律上いわゆる心神喪失乃至心神耗弱の程度にあったものとは認められないのであって以上の点を考慮に容れて前記被告人中林の供述をみれば、それは旧刑訴三六〇条二項の事実上の主張をしたものとは認められないのである、又被告人手代木の供述は単なる犯意の否認で犯罪の成立を阻却すべき原由たる事実上の主張とは認められない、然らば原判決において所論のような判断を示さなかったのは当然であって何等違法の点はないから論旨は理由がない。
同第二点について。
本件が弁護人なくして開廷し得ない事件であり又弁護人の選任は被告人と弁護人とが連署した書面を提出してこれをしなければならないことは所論のとおりである、そこで論旨指摘の各弁護人選任届を調査するに右選任届にある各被告人の署名を被告人等が検察官の聴取書中にした自署(添附記録二〇四丁、二一二丁)と対比すると全く異るのであるから、右選任届における被告人等の署名は自書でないと認めなければならない、そして記録に存する弁護人渡辺七郎の署名(添附記録一四五丁、二五一丁)の筆跡からみると右選任届における被告人等の署名は弁護人渡辺七郎の代署したものであると認められるのである、ところが旧刑訴七四条二項には「他人ヲシテ代書セシメタル場合ニ於テハ代書シタル者其ノ事由ヲ記載シテ署名捺印スベシ」と規定してあるのであるが右選任届にはかかる附記がしてないから右選任届は前示規定に違反する瑕疵があることは認めざるを得ない、然し右選任届は前示のように弁護人渡辺七郎が代書したものであり原審公判調書によると弁護人渡辺七郎は何等の異議なく原審公判に立会い弁論をしており被告人からも何等の異議がなかったのであるから右の瑕疵があるために所論弁護人選任届を無効と断ずることはできない、されば本件被告人の弁護届が無効であることを前提とする所論は失当であって論旨は理由がない。
よって刑訴施行法二条旧刑訴四四六条により主文のとおり判決する。
右は裁判官全員一致の意見である。
(裁判長裁判官 霜山精一 裁判官 栗山 茂 裁判官 小谷勝重 裁判官 藤田八郎 裁判官 谷村唯一郎)